2014-01-20

【微博】長微博=長文記事が書けるサービス

 中国はアメリカ由来のSNSサービスをシャットアウトして、いわゆる情報統制を行っている。Twitterも遮断し、代わってWeibo(微博)を用意している。中国語表示のみのため、すべてのサービスが使いこなすのは、まだまだ先として、写真付き長文ブログサービス長微博を試した。
 長微博は、微博とは別のc.blog.sina.com.cnのドメインで管理されている。
 まずは、入力した例を。なお、サービス停止などが想定されるため、デジタル・アーカイブサイトに保存した。作成例
 投稿が終わると、微博にも、次のように投稿されて、イメージ写真と短縮URLが貼られる。
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 イメージ写真はこのようになっている。
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 日本語の表示も対応できている。一部、字形が違っているものの、ゴシック体と明朝体が混在している点は、日本語専用のサイトとは違うので、あくまでも表示は出来るだけのことである。

 

入力項目は、標題写真、標題、本文。
 本文には写真を挿入できる。マウスポインタを持って行くと、写真のアイコンが現れる、それをクリックすればよい。本文の文字修飾は太文字と字下げのみ。全角文字で1万字程度の入力ができる。
 中国共産党もネットの力をおそれていて、6億近くの利用者に至っている。微博も思想統制の対象にかかっているとも報道されている。
 政治的または思想的無関係な記事は、監視されても無視されているようであるから、日本語で日本の美しい景色、文化の写真をたくさん発信するのも、一興かもしれない。

2013-08-24

【テレビ60年】日本テレビ《24時間テレビ》の存在意義

 夏の日本テレビの看板番組《24時間テレビ》が放送される。アメリカのチャリティーショーを下敷きに、《移動入浴車》等の福祉機器の充実を呼び掛け義援金を集める趣旨からはじまった番組。テレビ60年の半分以上の歴史となっている。
 24時間テレビは、お手本としたアメリカのチャリティーショーのような、観客を楽しませ、義援金を出してもよい内容であるか疑わしい。
 某写真週刊誌が司会を務める出演者たちに8桁もの《出演料》が動いていると書き立てられた。真偽より書き立てられてしまったことに、この番組の関心と限界が見えてきた。
 この番組はいったい何を放送しているか。ジャニーズ事務所所属のタレントが司会を務め、闘病記仕立ての感動ドラマを演じ、芸人等が100キロメートル行軍(マラソンと称しているにせよ徒歩である。平成25年はウェブサイトによれば88キロメートル)を行い、
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【写真】日本テレビのウェブサイトより

 障害者も頑張っているんだとスポーツの挑戦をさせ、最後は《サライ》を合唱して感動しましたねと閉める書式が毎年繰り返されている。

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【写真】日本テレビのウェブサイトより

 普段から運動不足と思われる芸人等をマラソンの数倍もの距離の行軍をさせて、疲労と痛みにも負けず目的地へ向かう場面を見せて視聴者を感動の渦に巻き込めるとテレビ制作者は思っているようだ。
 運動選手でさえ、日頃鍛練、体調管理を行って備えている。ならば、そんな下手な感動を作って押し付けるより、ジャニーズ事務所等の影響力を薄め、NHKが行っている《福祉大相撲》《チャリティーコンサート》のような企画を参考にして、例えば世界中の車椅子マラソン選手を集め、マラソン大会を中継する等の番組編成に変え、日本は福祉とノーマライゼーションの先進国として決意と実践を世界に見せるショーを作る。マンネリ化した、お涙ちょうだいの感動ばかりでは、視聴者はしらけるのみである。
 過去、日本のテレビ番組は輸出もされて、世界がお手本とする番組を作ってきた。NHKなどは自らは中立公正と自負してきた。
 陳腐化はさらに進む、24時間テレビの終焉は、テレビ媒体の終焉と同義になっているかも知れないのである。

日刊NANZO
平成25年 8月23日号加筆修正

2013-08-21

【ペトロ三木】急に閲覧が増えた過去記事《結局、ペトロ三木も道具にしただけ~ジェネジャン放送視聴して》

 8月に入り突然閲覧数が上がった《結局、ペトロ三木も道具にしただけ~ジェネジャン放送視聴して》(平成18年 1月15日号)。本人らしき人物からのコメントも入っている記事。番組もとっくに終了している。

ヴァニシングポイント ヴァニシングポイント
価格:¥ 1,470(税込)
発売日:2005-04-14

 ヴァニシングポイントの読了感想を求めて本人もしくはファンが見に来ているか不明である。上記の書籍が本がこの記事作成日現在、アマゾンで購入できるようである。なお、長崎市立図書館の所蔵検索で、ペドロ三木氏が取り上げていた奥山貴宏氏の書籍が貸与可能である。

Okuyama

 ところで件の本は、健康上の理由で読了はまだである。この記事を書いた本人が難病に罹患してしまったからである。ペドロ三木氏が7年以上も待っているなら、ある程度病状が落ち着くまで、もうしばらくご猶予願いたい。

2013-07-05

【30周年記念】おしん~授業開始ぎりぎりまでテレビのある教室で視聴した思い出

 テレビ放送開始60周年記念の年のNHK朝の連続テレビ小説は、9月いっぱいまで《あまちゃん》。《じぇじぇじぇ》《潮騒のメモリーズ》など視聴者の記憶に引っかかるようなフレーズをふんだんに使いドラマも好評のようである。
 30年前の昭和58年に放送された《おしん》は、外国に輸出され、いまだにNHKでも再放送される傑作かつ怪物番組である。
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http://www.nhk.or.jp/bs/oshin/
NHKBSプレミアムで毎週日曜日10:00~11:30
6回分まとめて放送

 当時は中学生だったころ、朝は8:15から始まり、学校も土曜日が午前中まであったため、登校時間かつ教室にもテレビが設置されていなかった。よってどのようにして見るかが悩みのタネだった。
 しかし、おしんみたさの私と同級生が、特殊学級と言われるテレビを設置している教室に集まり、NHKにチャンネルを合わせて、8時30分の鐘が鳴るまで私も含めドラマにはまっていた。鐘がテレビの時刻とわずかにずれて30秒ほど早くなった時など、ドラマが終わった後は、駆け足で教室へ戻ったことがしばしば。
 特殊学級担当の先生も、おしんを視聴することには何も言わず、午前中見逃し、昼からの再放送に見に行った日など時々一緒に視聴していたほど、生徒にも先生にも人気であった。

 第一部の小林綾子氏主演の少女期の時代は背景を社会科歴史の時間に取り上げた。明治時代生まれの人も身近におり、その人たちの話にも似たところがあったことも、テレビに釘付けになった。
 このおしんのモデル。Wikipeadiaのおしんの項目で最近明らかにされたが書きくわえられた。みんなが苦労して築きあげて豊かな社会も、格差社会となってしまった。次の世代の人々が21世紀初めの人々の行動から世の中がおかしくなって苦労が絶えない日々と評価されないように踏ん張るしかない。

2013-02-01

【テレビ】テレビ60周年。どうにか迎えた還暦。

 テレビと言えば戦後の技術と豊かさの象徴。昭和28年(1953)の放送開始から60周年。還暦を迎えた。NHKが日本テレビと共同番組を放送してお祭り気分になっている。
 この60年テレビはお茶の間の中心から個人所有画質は白黒、カラー、ハイビジョン。機能は音声多重、字幕放送、データ放送。双方向へと技術は格段に進歩した。
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【写真】NHKテレビ60周年ロゴ。《これからも》はあるのだろうか。

 肝心の中身となるとどうだっただろう。敢えて不適切用語を使うが《一億総白痴化》なる言葉が生まれるほど、抜群の伝達力は考える力ないし想像力の豊かさを減退させた。ネットワーク上の《某国政府の国民洗脳機関》と表現を変えて皮肉られている。
 多チャンネルかつ主流が情報通信に移り、受けるだけから、発信する手段へ変貌した。YouTube、Ustreamなどの隆盛は、情報端末機さえあれば、いつでもどこでも誰でも《放送局》をこしらえることができる。いままでだと、大がかりな装置と免許が必要であった。
  60年来電波を出してきた既存のテレビ局は、ジャニーズ・吉本興業・ホリプロなどの寡占状態のプロダクションが芸能人・芸人を派遣させ、座談会、無茶無謀 な挑戦、高学歴を自慢、個人の欠点を取り上げみんなで揶揄するなどを長時間の特別番組ばかり垂れ流している状態である。その番組の時間を稼ぎをするために、進行の度にCMを入れいたずらに延伸している。1時間で終わってもいい番組が2時間3時間となってしまっている。
 商業放送のかつての広告主もインターネットにほぼ移行してしまい、いわゆる健康食品の通信販売がいかにも健康情報番組を装って流されている。同じ広告が執拗に流され、ネット右翼が売国放送局とご覧になってネットで喚く以前に、《頽廃・陳腐化》した媒体になってしまった。
  紙媒体がラジオとフィルムを用いた映画になり、それがテレビから情報通信へと媒体は大きく変わってきた。ラジオと紙媒体はこれからも残っていくだろう。簡素、手軽はどんなに時代が変わろうが生活の一部となる。さてテレビはとなる。過去の資産を保管・提供する《書庫》として承継する。NHKも災害報道などの 部門を残して、いずれ番組は情報端末に融合、いやテレビジョン受像機はデジタルテレビの登場でそれに移行した。
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【写真】Twitterなどのサービスを融合し、双方向を狙ってはいるが。
    NHK総合、平成25年 2月 1日のデータ放送画面から。

 還暦をどうにか迎えたテレビ。10年先の70周年は、東京にあったテレビ局は別の事業体に移行もしくは消滅して、70年前のきょうは旧方式のテレビが生まれた日と、パソコン、スマートフォンでみているかもしれない。

日刊NANZO
平成25年 2月 1日号より

2011-11-01

【地上波テレビ】バラエティ(多様性)ではなくなった番組編成〜地上波テレビが絶滅する日。

 地デジ移行(東北3県除く)から3か月過ぎた。高音質・画質、データ放送などテレビ放送の次のステージとはいえ、在京キー局従来通りの番組編成は変わらず、BSが多チャンネルになった以外、かわりばえしない。

 この10年、地上波テレビ有力プロダクション(ホリプロ、吉本興業、ジャニーズ事務所)の芸能人、芸人《占拠》された状態である。毎日のようにあった《プロ野球》中継は大幅に減り、毎日殊に《吉本お笑い芸人》の顔ばかりである。昔日のドリフの大爆笑のテーマソングを借りれば、《チャンネル回せば顔なじみ》どころか、どこを回してもいない日はないくらいだ。


【写真】平成23年11月1日放映 TBS《もしもしナイティンナイン》より
女性に縁のないと言われるお笑い芸人の出会いのコーナー

 地上デジタル受信のみの家庭は、セ・パクライマックスシリーズはニュースのスポーツコーナーで《要約》。あれだけ沸いた《なでしこジャパン》の女子サッカーリーグ戦中継の中継録画を積極的放送した在京キー局はあったか。

 スポーツは民放局《独占放送》と派手にコマーシャルしたものぐらいと、すき間にプロ野球を挟むぐらい。地上デジタルは《ジェネラル(総合)》だから専門チャンネルでも見てろとの姿勢と見える。

 バラエティ番組ばかりでバラエティ(多様性)ではなくなった地上波テレビ。これは生物界でも言えることだが、地球の生物が繁栄したのは様々な環境に適応して、その形態を多様化した結果だ。テレビがお茶の間の《主役》となりえたのは番組編成がバラエティに富んでいたからだ。

 テレビ《受像機》はこれからもお茶の間の主役としての座は続く。

 お笑い芸人の《軽薄短小》な芸によって(視聴者が良しとすれば別)《能》の字が消えたままの手法の充満では、いずれインターネットに《自然淘汰(とうた)》 は決定的になり、過去の資産か、動画投稿サイト、テレビ電話の《表示装置》となるだろう。

2011-07-08

【テレビ】つまらない笑っていいとも!

 フジテレビ看板番組《笑っていいとも!》30年近く昼のバラエティーとして君臨してきた。視聴率が低下している報も聞くが、昼になるとチャンネルを合わせて食事をする人が多い。


 しかし最近はひところのパワーを感じない。一発芸コーナーはつまらない。笑っていいですか的な作りになっている。


 テコ入れするか、初心に帰った番組構成にしないとテレビはバラエティーとドラマのみの視聴者に見放すことも考えられる。


 今後の展開を注目したい。

2010-03-24

障害は神仏がお与えになった試練~Challenged

 3月23日よりNHK総合で全盲の教師が教鞭をとるドラマチャレンジド》総集編を視聴する。残念ながら本編は見ていない。
 教師役佐々木蔵之助氏の演技は、周囲の障害者へ対する無知・無理解・偏見から信頼を獲得していく軌跡は迫真を得、現場に立ち会っている感覚にとらわれた。

■NHK総合 チャレンジド総集編の一場面より 

 障害者を米語でchallengedと表記する。神が天から与えられた試練に挑むと劇中で説明していた。大修館書店ジーニアス英和辞典を引くと、disabledの遠回し語(婉曲表現)と掲載されている。障り、はばむではなく挑戦しているのだと。

 

障害も個性だと考えている私は、婉曲表現であるとしても、挑戦者いう言葉を当てたこの国は、今後どんな試練が訪れようとも栄えていくと感じた。

 ドラマに戻ろう。
 障害者理解へのテーマを描いた劇で見ても堅苦しくなく、お仕着せの感動もない。この手によくありがちな《障害者もがんばっている。だから君もよりがんばれ》ではおもしろみも主張も通らなかった。

 ドラマを見て感動した。涙が出てきたで終わりでは物事の一事象だけを見たになる。
 障害があってもなくても、周りやさしい仕組みを作ろう。機械に代替できないか研究しよう、偏見をなくすために啓発活動をしよう等と志をもって挑む人が出れば、制作者側の本望であろう。

2010-03-21

地上高10センチの世界

写真を撮るときの位置、ファインダをのぞく視線の高さ。立ったりしゃがんだりほふく前進の形になったり。

 では 10cmの高さから写真撮影をしたらどんな世界が拡がるのでしょうか。

■なぜ 10cmにしたのか。

 高さは1mでも50cmでもいいのではと意見も あるでしょう。そもそもこのきっかけを思いついたのは、1980(昭和55)年にNHKで放送された動画《ニルスの不思議な旅》放映30周年を 記念しんファンの方々が制作した詞華集(アンソロジー)から始まります。

■鳥の道 http://www.geocities.jp/torinomiti/index.html
■詞華集購入方法
http://www.geocities.jp/torinomiti/tsuhan-page.html

 懐かしき子ども時代(1970,80年代)を振り返る企画(現在進行中)の中で、少年が妖精に魔法をかけられ矮小化した上、鳥に乗って旅をするインパクトが強すぎて、詞華集の呼びかけに編集長藤堂俊介が参加しました。

 劇中でも具体的にどのぐらいの大きさになったのかは表現されていません。だいたい10~20センチでなないかと推定しました。

 こちら に制作いたしました。写真はこれから挙げていきますので気長にお待ちください。

2010-03-10

【フランダースの犬】主人公は本当に不幸?それとも負け犬?~動画化35周年にあたって

 《フランダースの犬》といえば、英国作家のウィーダが120年以上前に発表した小説。日本では有名すぎて知らない人を探すのが大変だろう。平成21年にはその日本版が製作された。

 主人公のネロが、貧乏のどん底で天涯孤独、何もかも失って、一度でも見たかったルーベンスの絵を見て、神に感謝したのち、天使が降り天国へ召されている。ちょうど35年前、昭和50年に製作された世界名作劇場のカートゥーンの一場面は、いまだにお涙頂戴を目的とした、懐かしのアニメとして使い回しされている。

 アメリカでは4回映画化され、すべてハッピーエンドで終了するという原作と違った展開。(平成11年に制作されたそれは、日本向けに原作通りにしている)

 ネロが絵を見てそのまま聖堂で餓死などありえず、関係者の見回りが来れば発見されて助けられる。
 現実的に考えるとそちらがふさわしいが、ここは小説の話である。原作もカートゥーンも貧乏どん底の老人と少年そして犬の忠犬物語ネロの一生は幸せか不幸か、視点を変えるとどちらにでも捉えられる作品だ。

 一発勝負に賭けていた絵の競技会に敗れ、なにもかも失い、まるでギャンブルでの一点買いのようなやり方、まじめに言えば《背水の陣》で臨んだ勝負に敗北、すべてが終了だと思いこんでしまったようだ。最も原作では設定年齢が15歳であるために自活の道が用意されていたわけで《負け犬の象徴》と見る人はいるのも当然である。

 

貧乏の高望みと見る人もいれば、幸せな一生と見ることもできる。普段の生活で手一杯か事欠く状況でさえ、絵に情熱を傾け、みんな、特に有力者とその友人アロアに認めてもらうため、競技会当選だけに精進。かなわなかったものの、どうしても見たかった巨匠の絵画を、神様のサービス満点迫力大公開をしっかり閲覧して天国へご招待。好きな絵を思う存分享受でき最高に幸せだったと考えられる。そのためには摂取カロリー、必須栄養素が絶対的不足の環境の下、簡単に言えば《粗食でも耐える強さ》あったと言えよう。

 

物事の一事象だけを見て判断するより、想定できる範囲で考えていくのも、情報の取捨選択養う重要な事柄だ。インターネット隆盛の時代、一つの考えに烏合する人々を見ていていつも感じることだ。

2009-07-15

こんな状況なら嫁逃げるぞ~TBS系《橋田壽賀子ドラマ・となりの芝生》を視聴して。

 TBS系《橋田壽賀子ドラマ・となりの芝生》を視聴する。長い台詞にイヤミな泉ピン子の台詞や仕草。このイヤミなお姑さんとマザコン息子をコントロールする役目はこの人がいないとできない。それにこの脚本家だからこそできる技だろう。

 公式ホームページからあらすじから判断すると、
夫婦が新居を建てた。
・ムコ殿の母親がいつの間にか居候。
・お茶の教室までこしらえてしまった上。
・ムコ殿とタッグを組んで嫁いびり。

 単純に言えば、ストレス発散のはけ口を嫁にむけているだけだ。

 ドラマを見れば、
このムコ殿の行動様式は、

ムコ殿の母親 > ムコ殿の嫁

 ムコ殿。嫁かばえよ。これが続けばすぐ離婚だな。一発奮起して頭脳プレーする嫁もいるが、息子の家に上がり込んで、嫁に嫌みをいうような親はダメだ。《老いては子に従え》。年を取って子供の家庭のところへ行くときはこのことわざを肝に銘じておくようにしよう。