2013-06-03

【二十三回忌追悼】6月3日はメディアの自戒する日に〜雲仙普賢岳大火砕流災害から22年

 6月3日は、長崎にとって忘れてはいけない日である。平成3年、43人の犠牲を出した雲仙普賢岳大火砕流が起きた。今日で二十三回忌を迎えた。

 犠牲者にはメディア関係者多数。消防団、警察官、タクシー運転手に、著名な火山研究学者。

  平成18年6月3日号長崎新聞1面に毎日掲載されているコラム《水や空》に15年前のメディアの傍若無人ぶりを交えて書いている。再び、一部引用する。

 

《雲仙・普賢岳災害で避難勧告が出ている上木場地区で、在京のテレビ局が避難住民の家に無断で上がり込み、無人カメラの電源に使用している、との話だった。》

   コラムは怒りを覚え関係者の取材をしたと書いている。在京メディアにとっては、刺激的な映像で視聴率を上げるため、無断で上がり込み盗電までする。火事場泥棒な行為は地元新聞に取り上げられた。

  過熱した報道合戦は今も続いている。このような体質は今でも変わっていないように見える。

 

《犠牲になった43人のうち12人は地元の消防団員。電気の無断使用も災害に巻き込んだと一因と言われた。》

 大火砕流が起きた地区は避難勧告が出ていた。当然メディアがそれを撮影しようと立ち入っているため、警備しなければならなかった。と言われてもしかたがない。

 コラムは自戒をこめて《地元紙記者としての生き方を問われる「6・3いのりの日」である。》と結んでいる。犠牲にあったのは、地元以外のメディア関係者も多かった。果たしてこれらの関係者は仲間が犠牲になった6月3日はメディアの伝えかたを振り返ってみているのだろうか。

 何か事件が起きれば蟻のように群がり、一点集中報道をするこれらの集団に22年前にあった出来事は単なる事故で忘れ去られている。少なくとも12人はメディアによって殺されたと言ってもよい。

 このような事を忘れないためにメディアは雲仙・普賢岳災害で何を伝え、何をしたのか。東日本大震災後、復興だ、絆だと印象操作ばかり走っているメディアは、雲仙普賢岳で起こした傍若無人ぶりを何ら反省をしていないのである。
 6月3日は、メディア自らを自戒し襟を正す日として今後も問題提起していきたい。

オヒ!の殿堂3
平成18年6月3日号加筆修正

2012-03-11

【震災】3月11日は絆と宣伝するテレビを消して、犠牲者に哀悼の誠を捧げ、今一度防災再点検をしよう!

 マグニチュード9の地震が起き東北は揺れと、爾後の大津波で万単位の犠牲者が出て1年たった。

 壊滅的な地区が今だ瓦礫に覆われ、処理したくとも出来ず、ほかの自治体に頼めども、放射能まみれ汚らわしいと住民抗議運動に熱をあげる。

 震災後、白日のもとにさらされたことは、

■防潮堤で充分津波を防げると油断したのではないか。→想定外はありえる。
■地震にも原子力発電所は大丈夫と油断しすぎた。→想定外の逃げ口上を使った。
■東京電力は殿様商売だった。→節電、値上げをお願いしますでは無駄。
■復興は早く進んだ。→本当か。
■政府はおろおろ、野党は揚げ足取り。→政治家は選挙だけ考えていた。
■放射能でパニックに陥った。→どれだけ被曝したら危ないのかよく分からず、マスコミが騒いだ。
■マスコミが絆のスローガンで煽動した。→禁忌・隠蔽はお手の物。

ざっと挙げればこんなものか。大きな地震はいつ来てもおかしくない日本の国土とわかっているのに、政府はおろおろ、マスコミは刺激的に伝え、混乱と焦りだけを国民に植え付けた

 東日本大震災後、国を混乱させ、キャチコピーで強制的な《心理総動員》をかけ惑わせた《A級戦犯》はマスコミである。

 みんなでつながろうとのスローガン、《がんばろう日本》《絆》を執拗に流した。原子力発電所の危なさを、これらのスローガンでぼかし、節電がいやなら原子力発電所を再稼動させようと世論形成までしたタチの悪さ。
 必死に立ち上がる東北の人々、津波で家族失った家族の感動物語ばかり流し、何に困り、何が必要か分からずしまいになり。最近は、《想定外》の首都直下型地震が起きる。震動7といたずらに煽る。

 NHKもひどいとされるが、民放はBGMまでいれて視聴率取れそうな部分ばかりを強調する。彼らは視聴率と売上さえ上がれば、どちらでも転ぶ集団なのだ。

 各地で募金活動が行われ、せっせと金を投じる。これで被災者は喜び、復興出来たと満足して終わり。そのあとどうなったのと疑問をいだかなったのか。きちんと日本赤十字社等の団体に届いて、配分もしっかりしたのか。善意は最後まで関心を持とう。

 

3月11日のテレビは震災特別番組で埋まり、国民に追悼と自粛の集団行動を由(よし)とする日だ。ムラ社会が信条の日本人だから、明るく振る舞って国を勇気づけようは《非国民》の烙印が待っている。この日の番組編成が物語る。

 追悼の方法は百者百様。A級戦犯の作る番組など見る必要もない。寒の戻りで、電力事情も《逼迫》(ひっぱく)は目に見えている。積極的テレビを消して電力に余裕を持たせよう。三千余万世帯のテレビを1日消すだけで電力を暖房に必要なだけまわせる。

 

という訳の分からぬスローガンでマスコミに躍らされるよりも、テレビ消して暖まろう。ホッとしてから、犠牲者に哀悼の誠を捧げ、今一度防災再点検を行い、効果的復興に知恵を絞り自らの意思で行動しよう。

 殊に防災再点検は念入りに。まさかのときは、行政も動けずマスコミは煽るだけだ。避難経路、家屋の弱点、食糧、飲料水備蓄等など、確かめていこう。いつ災害が起きても備えておけば役立つ。とにかく3月11日はテレビを消そう。