1 出会い  その日、ぼくは妹の誕生日プレゼントを買いに、あまり行くことのないデパートへ足をはこんだ。  最近大学生の間で流行っている、ちょっと洒落た店だ。  何を買おうと特に決めていたわけでもなく、広い混雑した店内をうろうろと歩いていた。 どの商品も高校生のぼくに買える値段ではなかった。そんな中に、ひとつの売れ残った小さなオルゴールを見つけた。  プラスチックのケースさえもついていない仕掛けのむきだしになったオルゴール。手の平にのせてもまだ小さい。ゼンマイもなく、小さな取っ手がついている。これをまわして音を出すのだろう。さすがに買える値段だ。  ほかもまわってみたが、これといったものはなく、結局そのオルゴールにすることに決めた。  戻ってみると、同学年くらいの男がそのオルゴールを見ている。  ぱっと見、背が高く見えたが、よく見るとそうでもない。細い、というよりスマートといった感じだろうか。髪は黒のストレート。少し顔にかかり、色が妙に白い。  すこし待ってみたが、いっこうに動きそうにない。 「買うんですか」  しびれを切らして聞いた。 「あ、いえ、どうぞ」  驚いたようだ。しかし声はちいさい。  すこし笑うとすぐに視線をそらし、斜め下に目をやる。そのしぐさは、あきらめることに慣らされてしまった人のもののように感じられた。  ぼくは何か悪いことをしてしまったような気がして、あわてて言っていた。 「妹の誕生日プレゼントで別にこれじゃなきゃいけないってわけじゃないんですよ。買ってくださいよ。俺、別のやつにしますから」 「え」  彼がぼくを見た。 「本当にいいんですか」  ささやきのなかに消え去ってしまいそうな声。かろうじて聞き取れる。いつもこうなのだろうか。  彼はオルゴールを手にとり、しばらくたしかめるように眺めていた。顔をあげると、かすかに表情が明るくなっている。 「妹さんへのプレゼントでしたよね。いっしょにさがしましょうか」  彼はこの店によく来るらしく、予算を聞くと色々なところに案内してくれた。たいていの人は閉口するぼくの優柔不断にも嫌な顔ひとつせず笑ってつきあってくれた。買いものが終わると、ぼく一人ではとても入れそうにない上品な喫茶店で、紅茶までごちそうになってしまった。少し彼の厚意に甘えすぎたか もしれない。  これが吉田克己君とぼくとの出会いだった。  彼の家は丘の上の高級住宅街、あたり一帯を一望できるようなところにあった。